菌特集、第三弾はキリンビールを退職されたのち、アウグスビールの醸造家となられ最近だと昨年発売されたスープストックトーキョーのオリジナルビール『瓶のビール(酵母のピルスナー)』のプロデュースや様々なクラフトブルワリー立ち上げにご助力されてきた本庄啓介さんに、キリンビール時代ドイツ留学中に勉強されてきた酵母のこと、昨今のクラフトビールブームにおける酵母の可能性についてお話しをお伺いしました。ボリューミーな長編。ぜひ最後までお付き合いください。

 

 

ーー 今日はよろしくお願いします。まずは、本庄さんがビールに関わられるようになった経緯についてお伺いできればと思うのですが。

 

本庄 よろしくお願いします。まあ、経歴からいうと、私はいま、 69 歳だから、 1946 年京都生まれで、 1970 年に某大学の当時でいう農学部農芸化学科の発酵微生物講座というところを出ました。

 

ーー 最近は農芸化学科っていう学科が少なくなってきましたよね、バイオ◯◯とかが増えました。

 

本庄 そう、名前が変わっちゃったんだよねえ。当時はね、そういう学科だったの

そこで、ある醸造学の権威の先生、いわゆるお酒の神様みたいな、お酒の先生についていました。その研究室での研究内容が微生物と醸造講座だったので、農芸化学の領域の中でも就職してもお酒造りにいかせることをやっていきたかった。だからビール会社を選びました。まあ、自然なながれですよね。

ただ、もともと大学に進むとき、、本当は工学部の石油工学にいきたかったんです。当時は高度経済成長期でもありましたし、そういったエネルギーを産む勉強がしたかった。でも、今はまったく後悔してなくて。石油工学より、バイオテクノロジー。植物と生物の多様性からいうと、石油精製よりもこちらに来たことを誇りに思っています。

 

ーー 逆に時代が追い付いてきた感じですね。そして、キリンビールに就職されるわけですね。

 

本庄 そうそうそう。学んだことを活かせる職業で、醸造学の本場のビール会社に、、、ってことで。

入社 11 年後にキリンビールの留学制度でミュンヘン工科大学のビール学部に 3 年間在籍し、卒業させてもらいました。

 

本庄啓介

ーー 今も醸造をやってらっしゃる方は順番に行ってらっしゃる聞きますが、 3 年も皆さんいかれるんですか?結構長いですよね。

 

本庄 いや、今はそういう制度よりも研究員としていっているんですよね。大学でじっくり勉強するというよりは具体的な限られたテーマの研究のためにミュンヘン工科大学に行っているんだけれども、私は卒業するために行ったんです。授業は全部ドイツ語でしたから、結構大変でした。。。

 

ーー しかもかなり専門的な内容ですからね、想像しただけでもぐったりします。それで、帰ってきて、引き続き、醸造をやられていたんですか?

 

本庄 そう、醸造もやったし、その後本社にも移動して、それからちょうど 10 年後の 1991 年から、キリンの欧州駐在で、また、 3 年半デュッセンドルフに行って、ビールの原料の麦芽やホップなどの輸入で調達していた材料の先物契約の現場にいました。特にホップを先物契約は非常に重要で。

 

ーー そうですよね。今なんかもそう。世界的にまさにそうですもんね。みんなでホップの取り合いみたいになってしまって。

 

本庄 この駐在期間に、実際に麦やホップができる過程をきちんと見るという機会が得られました。非常に勉強になった。

そういう意味では理論を先に 1988 年から 1994 年やって 10 年後逆に遡って原料の調達業務をやらせてもらえたことはよかったなと思っています。その間、ドイツのいろんなところのビールを飲んだり、デュッセルドルフからだとブリュッセルまで日帰りできるから、ベルギーまでビールを飲みに行ったりしていました。

 

その後、 2003 年に退職して、マイクロブルワリーの技術指導をやってきました。キリンでは理系の技術畑の人間にしては珍しく本社での様々な業務にも携わらせてもらい、ドイツにも通算 6 〜 7 年行って勉強したり経験を積ませてもらいましたが、その後はクラフトビール業界でいくつものブルワリーに関わらせてもらって、それぞれの強みも弱みも感じてきました。

これが私の、自分でも本当に恵まれていたなと思うキャリアです、はい。

 

 

ビールの原料としての菌が秘める可能性

アウグスビール

ーー なるほど、ありがとうございます。では、その、本日の本題といいますか、ビールの醸造における菌についてなんですけれども。先ほどホップは先物取引とおっしゃっていましたが、クラフトビールが世界的にもブームになっている中で、本当にホップが足りてないようですよね。 3 年先の注文をしているという話をよく耳にします。

 

本庄 よくご存知で。そうそう。特に人気の品種のものはね。アメリカを筆頭に、 IPA をどんどん造るメーカーが増えたのは大きいよね。

 

ーー 香りの高いホップをたくさん使用してますからね。

 

本庄 そう、香りも、苦味も、、、当時私が学んだチェコやドイツのホップとはアナザーワールドだねえ(笑)。

 

ーーた、たしかに、アナザーワールド(笑)。

そういうホップが取れない中で、ホップのキャラクターに頼らないビール造りをと考える人も出てきて、もっと酵母とかいろんな菌で遊んでみようみたいな考えというのが一部でてきていて、ともすると、それってビールの本質的な性質を使ってオリジナリティを考えていくということになるのかなとも思うのですが、そもそも、酵母のもつ可能性をビールで注目するようになったのってどういった歴史があるのでしょうか。

アウグスビール

本庄 ビールの長い歴史からすると、 7000 年も前のチグリスユーフラテスあたりから始まって、そのころのシュメール人のドキュメントでは、大麦を使ったパン粥のようなものから置いておいたら入道雲のようなものが湧いてきて、それがちょっと酔えるアルコールだったという発見だったわけ。それからかなり後の 1674 年 のオランダの商人であり科学者のアントニ・ファン・レーウェンフックが微生物の世界の存在を発見するまでは、ビールは、穀物を発芽させたものをどういう形にして食べるかっていう工夫の一環にすぎなかった。でも、液体の上澄みだけを飲んで、沈殿したものにさらにパン粥みたいなものを追加すると、また美味しいのができるってことで、それがビールの魂なんじゃないかみたいなことは記録に残っているんです。菌の世界、酵母の存在とかは知られていないのに、もう、ただただノウハウなんですよ。

その後、酵母が顕微鏡で発見されて、その酵母にも種類があって良い酵母じゃないと美味しいものがうまくできないということもわかってきて、 1883 年にカールスバーグっていうデンマークの会社のエミール・ハンセンて人が酵母を単離したんです。ちょうどそのころは感染症研究が進んでてそれを応用する形で酵母の研究も一気に進んでいました。

そこから酵母の種類ごとの保存や研究、良い酵母の培養・継代もできるようになってきてすごく安定してきたというのが大まかなビールのもととなる酵母の歴史ですね。

遺伝子的なことがわかったのはだいぶ最近になってからですが、この時代から選択的な酵母の培養・継代が行われてきて、中でも目的の酵母を純粋培養してイーストバンクを作っていく。地道だけどこうやってヴァイエンシュテファン*のような大きなイーストバンクが出来てきたというわけです。

*ヴァイエンシュテファン修道院醸造所:ミュンヘン郊外の街フライジングにある現存する世界最古の醸造所。同敷地内にミュンヘン工科大学の醸造学科も置かれ、世界中から醸造を勉強する学生が集まる。 150 種類以上の酵母をストックし、世界中のビール会社に販売している、世界の酵母バンク。

 

ヴァイエンシュテファンは酵母の病院!?

ーー なるほど。私はヴァイエンシュテファンには伺ったことがないのですが、持っている酵母の種類は相当なものだと聞いています。それを考えると、気の遠くなるような作業ですね。

 

本庄 僕がヴァイエンシュテファンに来た頃は 1500 社くらいドイツのビールの会社があって、大半は小規模な醸造所 マイクロブルワリーでした。それでその小さな醸造所には自分自身で酵母を育種する設備もなければ研究者もいないわけで、何か困ったことがあるとヴァイエンシュテファンに持ち込んで、見てもらっていたんです。醸造上問題になった酵母のサンプルをヴァイエンシュテファンに持ち込み、何が問題だったかを解析してもらい教えてもらう。ヴァイエンシュテファンは酵母の病院のようなコンサルタントのような存在でもありました。こうやって酵母の病理学研究もコンサルティングも一手に引き受けたから、ヴァイエンシュテファンにはそのナレッジがたまるサイクルが出来ていたというわけです。これには僕も始めはびっくりさせられました。

 

ーー 自然とドイツ中のケーススタディーがたくさん積める仕組ができあがっていたと。

 

本庄 そうそう。成功したら、したのを一割とすると水面下には 9 割がたのいろんな失敗したやつがある。つまり失敗バンク。ところがね、現在のようなこれだけ世界的にも多様なビール文化が形成されてくると、ドイツのビールの歴史の中では元々失敗バンクに分類されてきたものが、実は使えるみたいなこともあると思うんですよね。

 

ーー ありますね。ワインや日本酒では嫌がられ(ビールでも多くの場合は嫌がられる)火落ち菌と呼ばれるブレタノマイセスだって、上手に作用させることで複雑な味わいをもたらしている例もありますよね。

 

本庄 まあ、こんなことそこらへんにはなかなか書いてないんですよ。ヴァイエンシュテファンの本の中でもそんなこと、なんにも書いてないでしょ。

 

ーー イーストバンクにも良い菌だけは書いてあっても、、、かもしれないですね。でも、確かに、都合のいい菌だけを見つけられるわけないんだから、それがたくさんあるってことは、失敗もたくさんあるってことですよね。

 

本庄 そうそう。酵母に関して、そこがヴァイエンシュテファンの強みだと僕は思うな。

 

ーー 実際にこの時代になってきて、ドイツでは昔ながらの作り方が重んじられている一方で、世界的なクラフトビールブームとも相まって、これまでのドイツにない、結構面白いことをやろうとしている人がドイツでも出てきているらしいじゃないですか。

 

本庄 そうそう、いますね。

 

ーー そういう中で、結構これだけのデータベースを持っているところですから、いわゆる一般的な?というか歴史的な伝統的な造り方で問題が生じたときなんかに蓄積されてきた膨大な酵母のデータベースをいろいろな利用の仕方をするっていう人もいると思うんですけど、一方で面白いちょっと変わった最近のビールの造り方を試みている人たちにも、利用の余地はすごくあるわけですよね。

 

本庄 そうね。

 

ーー そういうお問い合わせもあるんですかね?

 

本庄 いや、僕はそこに、ミュンヘンにいるわけではないから、直接的には知らないけれども、失敗例からなにか面白いのがあるんじゃないかっていうのはやっぱり直接いって、話をしたいところですよね。

 

ーー では、流れとしては…

 

本庄 そういうことはできる。公にはさ、有象無象の全世界からくる、クラフトビールの人の依頼にはね、そう簡単に、メール一本で出してくれない。ただ、あなたが言う新たなキャラクターの可能性っていう視点からみると、あると思う。まあそれにはね、特異なアプローチをしないとね。笑

 

ーー 確かに。なかなかそうですよね。いまでもヴァイエンシュテファンではそういう酵母の病院的な仕事やより機能的な酵母の研究もされているんですか?

 

本庄 ヴァイエンシュテファンでは、目的の遺伝子をもつ酵母の研究やその他の酵母でもある特定の機能をもつ酵母を遺伝子組換えなどでつくるための研究はやっています。でも、ドイツでは食品のあらゆる工程での遺伝子組換えに対する考えが非常に慎重なんですよ。アメリカなんかでもオレゴン州立大学とかビール原料に関する研究は最先端ですが、そういったところに比べ、ヴァイエンシュテファンは姿勢も非常にコンサバティブな印象があります。

でも、今も酵母の病院的な役割は担っていますよ。行ったらわかりますけれどね、問題となった、腐敗した、あるいは美味しくなくなった酵母が山積みになって、それを研究員が持ってきて、それを全部、単離してっていうのをやっている。そんな中から見つかる面白い酵母がきっとあると思う。

 

いかがでしたか?

本庄さんのされてきたご経験から紐解く、ビールにおける酵母の可能性。目に見えないものだからこそ、今後の可能性におけるロマンを感じます。また、ビールに使われる原料の中でも一番世代時間(生物として世代交代にかかる時間)が短い酵母だからこそ、より新しい発見や面白いビール造りへの可能性も秘めているといえるのではないでしょうか。今後も様々な酵母からつくられるビールに注目です。

 

本庄啓介

 

本庄啓介さん

アウグスビールにて 醸造家を務めるかたわら多くのクラフトブルワリー立ち上げのコンサルティングも行う。前職キリンビールにてドイツ留学・駐在を経験。ミュンヘン工科大学卒業、ブラウマイスター資格取得。特に微生物汚染回避における権威。

 

 

取材協力:Soup Stock Tokyo(東急プラザ銀座店)